読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

東西南北の春夏秋冬

世界のニュースや話題・季節催事などをお知らせしています。

スポンサーリンク

3日に死去したボクシング界の伝説、モハメド・アリの葬送パレードと追悼式が10日に行われる予定

スポーツ

3日に死去したボクシング界の伝説、モハメド・アリMuhammad Ali)氏の広報担当者は4日、アリ氏の葬送パレードと追悼式が出身地の米ケンタッキー(Kentucky)州ルイビル(Louisville)で10日に行われると明らかにした。


モハメド・アリ - フットワーク&ハンド・スピード

 世界ヘビー級王者の座を3度勝ち取り、市民権運動にも尽力したアリ氏の名声はスポーツ界にとどまらず、同氏は20世紀の象徴的存在ともなった。同氏は3日、パーキンソン病との闘いの末、74歳で死去した。

 親族のみ参列するアリ氏の葬儀は9日に執り行われる。翌10日にルイビル市内で同氏の遺体を運ぶ葬送パレードが行われ、その後地元のアリーナで追悼式が開催されるという。ビル・クリントン(Bill Clinton)元米大統領らが追悼のスピーチを行うとみられている。

 アリ氏親族の広報担当者、ボブ・ガンネル(Bob Gunnell)氏は、米アリゾナ(Arizona)州スコッツデール(Scottsdale)で報道陣に対し、「世界中から現地にやって来た人が(アリ氏に)別れを告げることができるように」葬送パレードが計画されたと話した。

 アリ氏の死後、同氏の功績をたたえてルイビルでは半旗が掲げられ、現在は博物館となっている同氏の小さな生家には多くの人々が訪れて敬意を表し花を供えていた。


■ボクシング界の伝説、モハメド・アリMuhammad Ali)氏が3日、74歳で死去した。

 アリ氏の広報担当を務めるボブ・ガンネル(Bob Gunnell)氏は、「32年に及ぶパーキンソン病との闘いの末、モハメド・アリは74歳でこの世を去った。3度世界ヘビー級王座に君臨したボクサーは、今晩亡くなった」と、家族の声明を発表した。同氏はまた、葬儀については4日に発表されると語った。

 約20年にわたる類いまれなキャリアでスポーツ界の垣根を越える名声を手にし、20世紀のアイコンとなったアリ氏は、2日に呼吸器系の問題で自宅があるアリゾナ(Arizona)州フェニックス(Phoenix)で入院し、その病院で息を引き取った。

 アリ氏の容体については3日に入って懸念の声が上がっていた。そして、世界中にとどろくリング上でのキャリアに加え、人道的活動でも知られるアリ氏には哀悼の声が寄せられている。

 ここ数年の間にアリ氏は入退院を繰り返しており、2014年には軽い肺炎、翌15年には尿路感染症のため、病院での治療を受けていた。

 幾多の激戦で受けた多くのパンチが関連していると考えられているパーキンソン病の為、アリ氏の発言は限られたものとなっていた。それでも公の場に姿を現し続け、家族や広報を通じて自身の考えを述べていた。

 今年4月にはパーキンソン病治療のためのチャリティーイベントに出席し、昨年12月には米大統領選の候補に名乗りを上げているドナルド・トランプDonald Trump)氏の、イスラム教徒入国禁止の訴えを批判していた。

 ボクシング界で長年プロモーターを務めるボブ・アラム(Bob Arum)氏は、「モハメド・アリはその魂でこの国を変革し、世界に衝撃を与えた。彼が残したものは、われわれの歴史から消え去ることはない」と語っている。

 1960年から81年までのキャリアで、アリ氏は56勝5敗の戦績を残した。その中には旧ザイール(当時、現コンゴ)のキンシャサ(Kinshasa)でジョージ・フォアマン(George Foreman)氏と対戦した伝説の「キンシャサの奇跡(Rumble in the Jungle)」も含まれている。

 この他、アリ氏はソニー・リストン(Sonny Liston)氏相手に2度のKO劇を飾り、ジョー・フレージャー(Joe Frazier)氏とは激しいライバル関係を築いた。

 フォアマン氏はアリ氏の訃報の直後、「アリ、フレージャー、そしてフォアマンの3人で1人だった。私の一部が旅立ってしまった。最高の一部が」と、ツイッターTwitter)に投稿した。

 また、元ヘビー級王者のマイク・タイソン(Mike Tyson)氏は同じくツイッターで、「神が彼の王者を迎えに来た。さようなら最高のボクサー」とつづった。

 米ケンタッキー(Kentucky)州ルイビル(Louisville)でカシアス・マーセラス・クレイ・ジュニア(Cassius Marcellus Clay Jr.)として生まれたアリ氏は、リング上での巧妙な動きとリング外での機知に富んだ、魅力ある人柄で人気を博した。1964年にはイスラム教に改宗し、モハメド・アリに改名。ベトナム戦争での兵役拒否により数年間出場を禁止されたが、その後1971年に最高裁判所が無罪判決を言い渡した。

 改宗に加え、ベトナム戦争公民権運動に対しての率直な物言いで一部から批判の声も上がったが、アリ氏はその信念を貫き、最終的には活動家として称賛された。

 1996年のアトランタ五輪では聖火の点火役に選ばれ、その2年後には国連(UN)の平和大使となった。そして2005年には、米国の文民に送られる最高の勲章である大統領自由勲章(Presidential Medal of Freedom)を授与された。

☆彡ボクシング界の伝説、モハメド・アリMuhammad Ali)氏が3日に74歳で亡くなったことを受け、ボクシング界から哀悼の声が寄せられた。

■フィリピン出身の元プロボクサー、マニー・パッキャオ(Manny Pacquiao)氏

「われわれは今日、巨人を失った。ボクシング界がモハメド・アリの才能に恩恵を受けただけでなく、人類はその人間性から恩恵を受けた」

■元プロボクサーのフロイド・メイウェザー・ジュニア(Floyd Mayweather Jr.、米国)氏

「俺たちは、伝説を、ヒーローを、偉大な人物を失った。彼のおかげで俺はここまでやってこれたんだ」

■元ヘビー級王者のマイク・タイソン(Mike Tyson)氏

「神が彼の王者を迎えに来た。さようなら最高のボクサー」

■プロモーターのボブ・アラム(Bob Arum)氏

「私の中では疑いなく、彼はこの時代で最も変革させる力を持った人物だ。素晴らしいスポーツ選手で、素晴らしいボクサー。しゃべりがうまく、思ったことを口にする。そしてその考えは正しい。そういったこともあって、モハメド・アリは最も影響力のある人物だった」

■アリ氏がジョージ・フォアマン(George Foreman)氏と対戦した伝説の「キンシャサの奇跡(Rumble in the Jungle)」でプロモーターを務めたドン・キング(Don King)氏

「ボクサーとしてだけでなく、人としても、アイコンとしてもとてつもない存在だ。その魂が消え去ることはない、マーティン・ルーサー・キングMartin Luther King Jr.)と同様にね。彼らは人々に正しいことをさせ、一歩も引かせさせない。だから、モハメド・アリは永遠に生き続ける」


モハメド・アリMuhammad Ali、1942年1月17日 - 2016年6月3日)は、アメリカ合衆国の元プロボクサー。元世界ヘビー級チャンピオン。アフリカ系アメリカ人だが、イングランドアイルランドの血も引く。ケンタッキー州ルイビル出身。


1960年のローマオリンピック・ライトヘビー級金メダリスト。プロに転向するや無敗でヘビー級王座を獲得。その後は3度王座奪取に成功し通算19度の防衛を果たした。また、人種差別と戦ったり、ベトナム戦争の徴兵拒否など社会的にも多くの注目を集めた人物である。

 

イスラム教改宗前の本名はカシアス・マーセラス・クレイ・ジュニア(Cassius Marcellus Clay, Jr.)。1964年にネーション・オブ・イスラムへの加入を機に、リングネームをカシアス・クレイからモハメド・アリに改めた。(ムハマド・アリという日本語表記もあり)

1960年ローマオリンピックボクシングライトヘビー級で金メダルを獲得。その後プロに転向し、1964年にはソニー・リストンを倒して世界ヘビー級王座を獲得した。マルコム・Xと出会いその思想に共鳴。イスラム教にも改宗。ベトナム戦争徴兵も拒否する。その発言と行動は当時の米国政府や保守派との深刻な対立をもたらし、世界タイトル剥奪や試合禁止等様々な圧力が加えられた。しかし最終的には、通算3度のチャンピオン奪取成功と19度の防衛に輝いた。

ジョージ・フォアマンとザイールで対戦。8Rでの一発大逆転を演じたタイトルマッチや、ジョー・フレージャーとの死闘など、ボクシング史上に残る数々な名勝負を行っている。ベトナム戦争徴兵拒否により米国政府と長期にわたって争ったが、最終的には無罪を勝ち取ったことでも知られる。

引退後、現役時代に受けた頭部へのダメージが原因とされるパーキンソン病を患い闘病生活を送っていたが、2016年6月3日死去。享年74。死因は呼吸器疾患とされているが、1984年に患ったパーキンソン病に関係があると思われる。

獲得タイトル

アマチュアボクシング
ケンタッキー州ゴールデングローブ優勝
全米ゴールデングローブミドル級優勝
AAUボクシング競技ライトヘビー級優勝
ローマオリンピックボクシングライトヘビー級優勝

プロボクシング
NABFヘビー級王座
WBA世界ヘビー級王座
WBC世界ヘビー級王座
WBAWBC統一世界ヘビー級王座

受賞歴
オットー・ハーン平和メダル
金メダル再授与(1996年)
自由勲章


※名言

●「私は蝶のように舞い、蜂のように刺す。奴には私の姿は見えない。見えない相手を打てるわけが無いだろう」

(Float like a butterfly, sting like a bee. Your hands can't hit what your eyes can't see.)

●「不可能など、何でもない」(Impossible is nothing.)

●「人間が困難に立ち向かう時、恐怖を抱くのは信頼が欠如しているからだ。私は私を信じる」

(It's lack of faith that makes people afraid of meeting challenges, and I believe in myself.)

●「リスクを選ぶ勇気が無い者は、人生において何も達成することが出来ない」

(He who is no courageous enough to take risks will accomplish nothing in life.)